キャメロン・クロウ監督“エリザベスタウン”

キャメロン・クロウ監督“エリザベスタウン”ぼくの好きな映画のひとつに“あの頃ペニー・レインと”というのがある。キャメロン・クロウ監督の自伝的作品で、それは恥ずかしいくらいにまっすぐで、愛情に満ちた青春映画である。観れば気持ちが軽くなる。そして、絶妙に配された劇中の音楽がイチイチ心に残る。そういう映画だ。

だから、“エリザベスタウン”を観たのは、オーランド・ブルームが出ているからでも、キルスティン・ダンストが好きだからでもなく、キャメロン・クロウが監督をしていたからである。そして、案の定、この監督のどこまでも衒いのない作風に、心のどこかに押し込めていた素直な気持ちをひっぱりだされてしまった。

敢えてつまらない要約をすれば、これは傷心の青年と家族の再生の物語だ。

舞台となるエリザベスタウンはケンタッキー州に実在する。Google Mapsで見ると、茶と緑のアースカラーの上に書かれた小さな落書きのような町である。オーランド・ブルーム演じる主人公のドリューは、父の葬儀のために初めてこの地を訪れる。そこは父の故郷で、町の誰もが初めて訪れる彼のことを承知している。

彼の父は町の人々を愛し、町の人々も彼の父を愛していた。血縁の有無に関わらず、それは家族愛に近いものとして描かれる。こうしたコミュニティのありようは田舎町に対して誰もが持つ普遍的なイメージだろう。もしかすると現実にもまだ、多少はこれに近い人間関係は残っているのかもしれない。

けれどもぼくは、この映画はやっぱりファンタジーなのだと思う。

都会に暮らすドリューたち家族は、良くも悪くもいまどきの家族像を地でいっている。それぞれにそれぞれの生活があり、家族の絆を失くし切ってはいないけれど、とりわけ強く感じながら生きてもいない。だから、仕事で大失敗をしでかしたドリューは、独りで死のうとするし、家族の誰もそんなことはつゆも知らない。

それはごくごくありふれた核家族の姿だ。一挙手一投足が向こう三軒両隣に筒抜けなんて世界は、もう多くの人にとって身近なものではない。だからこそドリューは、家族の代替装置としてのエリザベスタウンに導かれる。ドリューが町への入り口をうまく見つけられないのも、そこがファンタジーの世界だからである。

こうした物語にはもちろん白ウサギが必要だ。

それがキルスティン・ダンスト演じるクレアの役回りである。彼女はドリューがエリザベスタウンに向かうために乗った飛行機の、一風変わった客室乗務員として登場する。ドリューの他に客はない。クレアは最初からふたりの間に垣根など存在しないかのように、ドリューの隣に座って一方的にお喋りを始める。

もちろん、こんな変な女は普通はいない。しかも、仕事も恋も失くしたところに、天真爛漫な美女が現れて連絡先を残していくなど、こんな都合の良い話もない。そういう目で見るなら、これほどつまらない話はないだろう。この展開を許せない人は、たぶん、最後までこの映画を愉しむことはできないと思う。

けれども、クレアはただの白ウサギではない。ドリューがエリザベスタウンに着いた最初の夜、明け方まで電話で話し続けたふたりはそのまま話しながら落ち合うことを決める。そうして、クレアは徐々に生身の女の子として、ドリューの心に住み着き始めるのである。この辺りからクレアが俄然魅力的になってくる。

ぼくはキルスティン・ダンストという女優をあまり魅力的だと思ったことはなかったのだけれど、この映画だけは別というよりない。このキルスティン・ダンストといい、“あの頃ペニー・レインと”のケイト・ハドソンといい、キャメロン・クロウという監督には、ヒロインの魅力を最大限に写し撮る特別の才能があるらしい。

ともあれ、エリザベスタウンはドリューの一家に家族の絆を蘇らせ、クレアはドリューに生きる希望を取り戻させる。もちろん、エリザベスタウンの人々にも、クレアにも最初からそんな意図があったわけではない。それぞれがそれぞれの思いに誠実に振舞った。それだけのことである。甘いといえば甘い話だ。

けれども、それはとても心地の好い甘さである。

クレアが望んだハッピー・エンド。それに応えるドリュー。そのクライマックスを彩るのは、やっぱり沢山の音楽たちである。クレアがドリューに託した未来への地図と約42時間分のCD。これだけの音楽を映画の一部として、しかも感動的に聴かせることができる監督なんてこの人の他には絶対にあり得ないだろう。

2枚のサウンドトラックも合わせてずっと手元に置いておきたい作品だ。


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