佐藤祐市監督“キサラギ”

小栗旬主演の必笑密室劇映画“キサラギ”を観た。

とにかく、劇場に笑い声が絶えない。お笑いライブでもないのに、これだけ観客がゲラゲラ笑っているなど初めての経験である。泣きの映画ならありふれているけれど、本当に笑える作品というのは珍しい。それだけでも劇場に足を運ぶ価値がある。家で観て笑ってしまうのとは別種の一体感が味わえるはずだ。これでミニシアターとはもったいない。

しかも、ただ可笑しいだけではない。とにかく脚本のバランスが素晴らしい。前半のほとんどのシーンが後半に向けての伏線になっているのだけれど、これだけテンコ盛りに盛り込んでおきながらまったく煩雑になっていない。大変に分かりやすい。終盤、ご都合主義的なまでのどんでん返しの連続も、すべてそのまま笑いに直結するのだから凄い。巧すぎる。

自殺したとされる超マイナーアイドル如月ミキのコアなファン5人がネット上で知り合い1周忌のパーティを開く。舞台は借り切ったビルの一室のみ。ただ、このワンシチュエーションだけで話は進む。密室劇でいえば三谷幸喜の“笑の大学”も凄かったけれど、こちらも負けていない。あちらが大ネタ一発勝負なら、こちらは中ネタの連続コンボである。

三谷作品に比べれば、チープなネタが多い。ありがちな湿っぽいエピソードも満載の作品である。普通なら鼻で笑うところだけれど、これが鼻どころか腹がよじれる。あざとくなる寸前ですべて笑いに変えてしまうのである。家族、友情、愛情といった取扱注意物件を、大事なところでは全力で肯定しつつ鼻白ませない。ここでもバランス感覚の良さを感じる。

巧みな脚本もさることながら、その空気感を演出した監督や絶妙のテンションと間を作り出した役者たちの存在も大きい。アクションも色恋もない。どころか、美女のひとりも出てこない。これで役者がダメだとどうにもならない。正直、観るまではそれほど魅力的な配役だとは思わなかった。小栗旬やユースケ・サンタマリアなど芸達者な印象はない。

香川照之あたりが場を締めてくれるんだろうくらいに思っていたのだけれど、意外にも小栗旬、小出恵介の若手二人が良かった。だんだん情けない立場に追いやられ、しょぼくれていく小栗旬などはむしろ絶妙の配役である。彼には凹む芝居が異様に似合う。あの手の地味な美形は薄幸な役が似合うものである。恋愛ドラマならフラれ役こそがハマリ役である。

ステレオタイプな馬鹿で軽薄な若者役といえば小出恵介である。意外性がありすぎるキャラばかりの中で取り立ててツッコむところのない地味な役柄にも関わらず、バカ丸出しのハイテンションで抑えた役のユースケ・サンタマリアと絶妙のコンビネーションを見せている。間が命の掛け合いも無難にこなしているし、あれで案外に器用な役者なのかもしれない。

ユースケとドランクドランゴン塚地は予想範囲内のデキ。悪くない。特に塚地なんて実は映ってない時間が長かったにも関わらずやたら印象に残る美味しい役で、映る度に爆笑を呼んでいた。香川照之に関してはさすがの安定感で、ほとんど出オチだろうというような役ながらロングスパンでヒートアップしていく微妙な変化を見事に演じて笑いに貢献していた。

5人を見て笑っている内に、どう考えてもダメなアイドル如月ミキに愛着を感じてしまう。顔すら映らないにも関わらず、である。作品が巧く作られている証拠だろう。だからこそ、この映画のエンドロールは秀逸である。あれを最後まで観ずに席を立つ客はいないだろう。ほとんどオタ芸の域に達している振りを最後まで踊り切った5人に惜しみない拍手を。

もちろん如月ミキと、ついでに宍戸錠にも。

昨今の空疎な邦画バブルの中で、これは思わぬ拾い物だった。

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