タランティーノ監督“デス・プルーフ in グラインドハウス”

タランティーノ監督“デス・プルーフ in グラインドハウス”タランティーノ監督“デス・プルーフ in グラインドハウス”を観た。

こんなに無邪気に興奮できる映画を観たのは久々だ。

とにかく、B級映画とはかくあるべしという要素がすべて詰まっている。そして、それ以外の要素は何もない。もちろんタランティーノのマニアックな趣味が登場人物の台詞やシチュエーションや小道具に表れていたりはするけれど、それは映画そのものの面白さには何ら関係がない。せいぜいディープな映画ファンが気付いてニヤリとするくらいのものである。

邦題の後ろくっついている「グラインドハウス」というのは、乱暴に要約すると、小奇麗なシネコンが繁華街を席巻する以前のアメリカで、玉石混交の低予算フィルムを劣悪な環境で垂れ流していた数多の零細劇場のことらしい。B級ホラーからZ級アクションまで、そのカオスな世界が奇才クエンティン・タランティーノを育てたことはいうまでもない。

実はこの映画、盟友ロバート・ロドリゲスとの共同プロジェクトである。今は失きグラインドハウスの猥雑でパワフルな世界をおれたちの手で再現しよう、とかなんとかそういうノリで始まったものらしい。そんなわけでアメリカでは“デス・プルーフ”とロバート・ロドリゲス監督の“プラネット・テラー in グラインドハウス”が2本立てで公開されている。

そんな流れで作られた映画で、このふたりはもの凄く凝り性である。だから、とこんとんその雰囲気を再現しようと、映像や音声にわざとノイズを入れたり、リールが飛んだり、一瞬シーンが戻ったり、カラーが突然モノクロになったりする。さらには、2本立ての間に実在しない映画の予告編まで流しているというから手がこんでいる。馬鹿というのは素晴らしい。

まあ、そんな事情はさておいて、“デス・プルーフ”である。

これがお行儀の良い映画では絶対にあり得ない見事な脚本である。まず、前半と後半で話がほとんど別物になってしまう。前半は捻りの効いたスリラー、あるいは、新手のスラッシャームーヴィー。これが後半に入ると途端にガールズアクションムーヴィーに変貌する。その変貌ぶりは1本の映画とは思えないほどで、この混乱を愉しめない客には致命的だろう。

そして、どちらの段も序盤大量に垂れ流されるバッドガールたちの会話が本当になんの意味も持たない。饒舌に姦しく下世話な話が次々に繰り出される様はタランティーノの筆力の壮絶さを物語ってはいるけれど、意味がないことに変わりはない。映画ネタにしろ音楽ネタにしろマニアがニヤニヤしながらヲタクネタを愉しむ他にどうしようもない内容である。

しかも、その間の映像は常に無意味に扇情的である。タランティーノが初めて撮影監督もこなしたという映像はとにかく下品この上ない。これこそがグラインドハウスの方程式ということなんだろう。ホットパンツ姿のグラマラスな身体を舐めるように撮りまくっている。中でも脚、尻、腰のエロさは特筆モノである。タランティーノの脚フェチが炸裂している。

もちろん、性を謳歌する若者というのはスラッシャームーヴィーのお約束でもある。だから、強かに飲みクスリまできめて、女の子のひとりが謎の男の前でセクシャルなラップダンス踊る前半のクライマックスは、B級ホラーファンには胸躍るひと時である。これからどんな工夫を凝らした斬新な惨殺劇が見られるのか、固唾を飲んで見守るべきシーンだからである。

まあ、その後の展開はとてもここに書けるようなシロモノではない。とにかく色んな意味でブチ切れている。タランティーノまんせー!カート・ラッセルわっしょーい!あんたたち最高だよ!どこまでもついてくぜ!と叫ぶ以外に反応のしようなんてない。このあまりに古くてあまりに新しいシリアルキラーを生んだふたりの仕事はホラー映画史に残る偉業だ。

そして、後半に入ってまたまた女の子たちが車で喋りまくるわけだけれども、このデジャヴのような演出は一種のトリックだろう。B級ホラーのお約束を逆手に取った騙しのテクニックといってもいい。ただし、こちらの方はあまりエロくない。これもヒントといえばヒントである。ひとりだけやたらキュートな娘がいるけれど、これはちゃんとハミられる。

ここからは主役の中に往年のマッスルカーたちが加わる。

アメリカン・ニュー・シネマの傑作“バニシング・ポイント”の70年型ダッジ・チャレンジャーと“ブリット”でカーチェイスを演じた暗殺者側の車、ダッジ・チャージャーである。このCG抜きのカーチェイスシーンはまさしく常軌を逸している。今のこの時代にCGを使わず無謀なカーチェイスを撮る意味とはなにか。だってその方が面白いじゃないか!

このカーチェイスシーンで、恐ろしすぎるスタントライドを披露しているゾーイ・ベルという人は本物の女性スタントである。Tシャツ一枚で激走するチャレンジャーのボンネットに乗り、チャージャーとボッコンボッコンぶつかり合うチェイスシーンは、あまりの無茶さ加減に目を覆いたくなること必至。これまた必見の超大馬鹿映像である。

ちなみに、後半活躍する女の子4人の内ゾーイとキムはカーアクションマニアという設定になっている。彼女らが序盤のクッチャベリで“バニシング IN 60”のCGリメイク“60セカンズ”を腐すシーンがある。そのとき彼女たちが乗っているのがまさに“バニシング IN 60”で史上最長40分のカーチェイスを演じた黄×黒のマスタング・マック1なのはお約束だろう。

ただ、このマスタングの塗装はどうもおかしい。もの凄くカッコイイんだけれども、“バニシング IN 60”のそれとは微妙に違っている。ボンネットからトランクにかけて2本のラインが入っているのは、どうみても“キル・ビル”仕様である。“死亡遊戯”トラックスーツ仕様といい換えてもいい。これはどう考えてもオリジナル塗装だろう。

そういえば、少し前に観た“トランスフォーマー”ではバンブルビーというオートボットがこの黄に黒の2本ラインというデザインの車だった。しかも主人公を乗せて走るシーンでは“キル・ビル”のテーマが流れるのである。まさか同じ車か!と思って調べてみたら違った。あちらはマスタングに押され気味のライバル車、シボレー・カマロだった。

完全に話が脇に逸れたけれども、まあいい。とにかく、この後半の肝は車好きにはまず車なのである。そして、一般人には狂気のスタントとカート・ラッセルと潔すぎる幕引き。特にカート・ラッセル演じるサイコキラー、スタントマン・マイクの豹変は一見の価値がある。前半の豹変に続いてまたまたやってくれている。やっぱいいわ、カート。

そして劇終のカットは唐突に。いやはや、破天荒ここに極まれり。

個人的にはこれまでのタランティーノ作品の中で一番好きかも知れない。

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