マイケル・アリアス監督アニメ“鉄コン筋クリート”

マイケル・アリアス監督“鉄コン筋クリート”STUDIO 4℃制作“鉄コン筋クリート”を観た。

ああ、これはモノ凄い。どうして今までスルーしてたんだ、自分。

松本大洋の漫画に溺れていたのは、もうずいぶん前の話だ。初めて読んだのが『花男』で、続けて読んだのが『鉄コン筋クリート』だった。当時はおおっぴらに好きだというにはどうも抵抗があった。ハードボイルドに見るような独特の美学と、人間同士の切実な繋がりを肯定する物語は、捻くれた学生風情には少しばかり気恥ずかしかったのである。

それを否応もなく読まされたのは、あの絵と世界観のせいである。ほとんど唯一無二といっていい線はマンガというにはあまりにイラストレーション的だったし、やたら浮遊感とスピード感のある描写は架空の宝町を実に活き活きとリアルに写し取っていた。猥雑でノスタルジックな町の風景、その風景の中を縦横に駆け、飛び回る子供たち。

けれども、あの絵は動かない。

劇場公開時、観に行かなかった理由のひとつがこれだった。予告の映像などを見ても、松本大洋の線はどこにもなかったし、クロとシロにはほとんど別人の印象しか持てなかった。あの絵がなければあの世界は描けない。そんな思い込みがあった。これ以前に実写化された“ピンポン”を好きになれなかったことも多少は影響していたのだろう。

それが蓋を開けてみるとどうにも評判がいい。いや、“ピンポン”のときだって評判は悪くなかったのである。だから、話半分に聞いて取り合わなかった。DVDを買ったのは作品としてのできを期待したというよりは、アニメーションのクオリティを確かめるためだった。参加スタッフに連なる名前たちが看過することを許さなかったといい換えてもいい。

何しろ、ぼくはいまだ“AKIRA”の衝撃を忘れられずにいるような人間なのである。

そんな不純な気持ちで観始めたぼくは、けれども、冒頭シロが横断歩道を渡ってくるシーンまでで呆気なく帽子を脱ぐ。ダイナミックな鳥瞰で空を翔け、原作で小さなひとコマにすぎなかった煎餅屋の主人が時代の移り代わりを嘆いた瞬間から、宝町は確固としてそこにあった。原作が断片の集積として描いた町がここではひと息に紹介される。

この冒頭のツカミは凄まじい。一気に引き込まれてしまう。

そして、まったく違う線、まったく違う顔のシロが、それでもちゃんとシロとしてそこにあった。蒼井優の顔はちらりとも浮かばなかった。評判通りの才能でシロに命を吹き込んでいる。原作にある独特の口調は、なるほど、こういう風に発せられていたのかと、それ以外に正解などありえないと確信してしまうほどに、それはシロの声だった。

確かに絵は違う。けれども、印象的な建物や小道具のデザインはもちろん、シーンによってはアングルまでもが原作をなぞっている。模様など細部のデザインもかなり忠実に再現されている。再現されているのは何もデザインだけではない。原作の持つ動きのダイナミズムが、本物の動きを得て存分に表現されている。アニメーションの面目躍如だろう。

開幕まもなく展開されるアクションのできなどはいわずもがな、原作を超えて原作の持つ疾走感を描き出している。そこでは写実ではなくあくまで絵として超絶的に完成された背景美術が、3D技術の恩恵で息吐く間もないほどの自由奔放なカメラワークを獲得している。3Dを2Dで見せる手法もここまできたかと思わずため息が出た。

内容については、ここで特に書くことはない。よくもまあ原作のエッセンスを2時間弱でここまで分かりやすくまとめたものだと思う。時間軸よりはエピソードで描かれていた原作に対して、映画では「宝町の開発」という縦軸を与えることで巧みにひとつながりの物語に仕立てている。一方で重要な挿話や台詞はあくまでも原作の印象に忠実である。

世界はいつでも表裏を抱え、しかも、それは渾然一体となって簡単に分離できるものではない。シロとクロの役割にしても、本来は単純に光と闇みたいな分け方はできない。映画になってこのあたりの微妙な表現が多少減じている嫌いはある。ここでのクロは、ほとんどダークサイドに引き寄せられるアナキンの役割を演じているように見える。

わかり易さを担保するためだろう、シロはなんどもクロと自分が補完関係にあることを口にする。これによって、映画版ではシロがクロをダークサイドから救い出すというメインストーリーが成立してしまう。確かに、原作も映画もラストはほとんど同じである。けれども、その意味するところは両作品の間で微妙な差異が生まれているように思える。

といっても、それは原作を読んでいれば自然に是正されるレベルの差異である。

原作が好きな人は躊躇わずに観るべき映画だと思う。

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